ブログがどうして心に響くのか。

応援女子

こんにちはうみ(@crane_umichan)です。

驚くかもしれませんが実はぼく、

ブログを書いているんです!

驚かせてしまいましたね。

まだあまり多くの人に見られてはいないし、書くのも遅いですけど、楽しいです。

自分がブログを書くにあたって色んな方のブログへの思いや考えに触れました。

正直ブログって信頼性に欠けると思っていたんです。

でもすごくためになる情報も、感動させられるブログもあるんですよね。

本、論文、新聞、これらと何が違うのかなってお話をしたいと思います。

これからブログを書くに当たっての自分への手紙として。

他媒体との違い

今の世の中には情報に溢れています。

テレビ、新聞、本、論文、SNSなどなど。ブログもその中の一つです。

ブログと他の媒体とは何が異なっているのか?

公共性に伴う責任

当然ですが、新聞やテレビなどで適当な話は流せません。

もちろん番組にもよりますが、皆が信頼しているはずのニュースや新聞で、なんの根拠もない情報や、民衆を混乱させるような情報を流せません。

事実はわかりかねますが、それがテレビや新聞などの公共性、信頼性の高いメディアのあるべき姿でしょう。

論文にも幅がありますが、雑誌や大学を背負ったものならば公共性は高いものに分類されます。

そういった公共性には大きな責任が伴います。その情報によって大きく社会が動くのですから。

「ワンチャンある」で情報を流されても困るのです。

対してブログはそこまでの責任はありません。

たとえ間違っていようが誰からのお咎めはないでしょう。これはSNSも同様です。

利益の比重

そして信頼性を重視するメディアの特徴は「利益を前提にしている」ということでしょう。

信頼性のある「正しさ」を持つ情報に金を払う。

これは資本主義では当然の話です。

テレビ業界は衰退していると言われて久しいですが、未だに多大な影響力を持っています。

ブログは一部のアフィリエイトブログや企業ブログを除き、ほとんど利益目的ではないでしょう。

特に最初にブログを始めた時などは尚更です。

もちろん「収益になったらいいな」はあるかと思います。

しかし記事を書く時間、労力、収益化の可能性、額を加味すると、「収益化だけ」が目的ならば他にもっと効率良い方法があることでしょう。

つまり平均をとった時にブログは利益の比重は少ない行動と言えます。

情報量

今までの条件ではほとんど同じ性質を持つSNSとブログですが、この情報量こそ最大の違いでしょう。

おなじみのTwitterでは140字。インスタグラムでは写真がメインとなります。

難しいイメージを持たれる論文も必ずしも情報量は多くありません。

フランシス・クリックとジェームズ・ワトソンらによる1953年に発表された「Molecular Structure of the Nucleic Acid」という論文があります。

これはDNAが二重螺旋構造であることを示唆した最初の論文であり、後の分子生物学に革命をもたらします。

この偉大な論文の情報量も見開きたったの1ページでした。

幅はあれど、気軽なイメージに対して、時に1万字を超えるブログの情報量は意外にも多い部類に分類されるかと思います。

主観性

1つ目の「公共性に伴う責任」と近いのですが、「正しさ」こそが信頼であり、金を生み出す産業では必然的に「客観性」を重視します。

「客観性」の面で特化しているのが論文になります。

研究者にも「この結果であってほしい」という仮説があります。

その仮説に沿う実験結果だけを抽出したり、情報を改ざんしてしまうことは少なくありません。

悪意がなくても「この結果であるはず」というバイアスにかかっていることもあります。

ブログでも「正しさ」が読まれるために重要であることは言うまでもないことですが、同時に「主観」を盛り込むことが許されます。

この「主観」こそ冒頭のブログが心に響く最大の要因かと思います。

ブログを書く人の特徴

ブログって弱い人が書いている

ブログは「必ずしも必要ではない」ものであると思います。

なぜなら客観性のある情報や正しい情報だけなら論文、テレビ、新聞で十分なのですから。

そしてそれらを利用して高い生産性を叩き出し、強く優しく清く正しくあればいいのです。

でも現実はそうじゃない

正しいだけの情報で十分ならばブログはないのです。

人は多面体です。仕事の分野では「強く正しく」ある人もそうではない部分もあるでしょう。

ブログとは、「正しくないこと」と「主観性」が許される場です。

だからこそ人の弱い部分に共感することが出来る。

そして、「つらいのもわかるよ、できないのもわかる。自分はこうやってみたんだけど、どうかな?」という発信者の弱さを含んだ文章に、読者も弱さを持って感銘を受けるのです。

ブログって優しい人が書いている

弱さを持って共感できること。だからブロガーは弱さを持つ。

ですがもう一つ。ブログを書く人は「とても優しい」と感じます。

先述の通り、ブログの特徴として「情報量」の多さ、それに対しての「利益の少なさ」が挙げられます。

目に見える利益だけで続けることは困難であると言わざるを得ないでしょう。

彼らにとっての利益はなんでしょうか。

それこそが「読者の為になること」だと思います。

弱さに共感されることがどれだけ重要か、それを身を以て知っていて誰かにそれを届けることが出来る。

それを優しさと呼ばずしてなんと呼ぶでしょう。

弱くて優しいブロガーの皆様へ

ブログを始めたメインの理由はそれぞれでしょう。

暇だから、日記代わり、情報の整理…。

それでもその気持ちとは別に、ブログとして公開しているからには「誰かに届けたいこと」でもあるはずです。

収益化や仕事につながることも大事です。

ですがそれでもずっと「貴方が届けたいこと」を大事にしてほしいと思います。

将来の自分への戒めも込めた記事でした。

うみでした。

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